氏神さまのお祭り日。

大勢のこどもたちが、お神輿を担いで神社まで練り歩き、

舞やお囃子を氏神さまに奉納しました。

本来は、この奉納がメインなのですが、

こどもたちにとっては、その後のこども獅子こそがお祭りのようです。

 

舞とお囃子の奉納が終ると、町内ごとに設けたお宿から、お獅子の出発です。

細い路地を通って町内の各家を訪問し、ご祝儀をいただく。

舞やお囃子の奉納とともに何十年もの間、この地域で続けられてきたこども獅子。

今のように物質的に豊かではなかった時代には、

この日がどんなに待ち遠しかったことでしょう。

 

収穫への感謝と子どもへの施しということからはじまったお祭りも、

時代とともに変化して、この地区に住む住人にとっては、

地域に住むこどもたちとの接点ということのほうが大きな意味を持つようになってきているのかもしれません。

こどもたちが玄関先でワッショイワッショイ、それを鬱陶しいと思う人もいるのかもしれませんが、

多くの地域の方が、ワッショイの声を待っていてくださる。

いけるぞ!地域という思いをますます強くした2日間でした。

 

山を切り開いた新興住宅地・新しいコミュニティの中で育った私は、

こういう昔ながらのお祭りを経験したことがないので、

集めたお金をこどもたちで山分けするだなんて、正直驚いたのですが、

収穫を喜び、その恩恵を獅子を介しこどもたちに施す。

神に一度捧げるという過程を経ることによって、神聖なものにするのだと聞いて納得。

 

そんなことを淡々と語る夫ですが、

実は、下町育ちの夫は、お獅子を持って町内を練り歩き、

どこまでもどこまでも(もちろん禁止されていた)町外にまでワッショイワッショイと遠征して、

先頭になってご祝儀集めをしていたそうです。

その軍資金を手に、出店での買い物を楽しんだとか。

そのころは、何から何まで子ども任せで、悪く言えば好き勝手にお祭りを堪能していたのでしょう。

なんとも罰当たりな!でも羨ましい。 

 

お隣の神社からお囃子の練習の音が風に乗って聞こえてくる夜が、

終ってしまうのは残念ですが、盛りだくさんの秋の行事がまたひとつ終りました。