遊びにきていた、Dくん、Yくんを誘って、

久々に、キャッチボールをした。

数年前は、球拾い係の母だったが、

いつの間にやら、みんな上手くなっていて、

「握力ないから、すっぽ抜けるんだよ」

「ボールに回転がつきすぎてるよ」などと教えてくれる。

なるほどと思いながら、おもうようには投げられないものだ。

相手をしてもらっているのはこちらのほう。

4年生にもなると、今までとは違った楽しみ方ができるようになる。

これからの数年間、一生に一度だけ訪れるゴールデンエイジをくぐり抜ける彼らは、

どんな風に成長していくのだろう。

こどもの体のしなやかさを眺めながら、思わず、走りたくなった。

Dくん、Yくん、息子ともに、全力疾走した。

脚が笑った。脚だけじゃない、笑いが止まらなかった。

何とか面目を保ったものの、来年は難しいかな。



はじめまして。

産後セルフケアインストラクター、いのうえゆみこといいます。

名古屋とその近郊で、産後の女性向けのエクササイズ&セルフケアの講座を開いています。

母になった今だからこそ、必要な知識と技術がある!

産後という人生の中でも数少ない時期を、またとない好機ととらえ、

自分自身のココロとカラダに向き合い、

次のステップへとつなげていく、きっかけづくりのお手伝いをしています。

 




毎晩おやすみなさいの前に、子どもたちと一緒に、我が家のお地蔵様に手を合わせる。

29日は、実妹の月命日。いつものお参りに加えて、般若心経を読んだ。

今日は夫がいなかったので、息子が回向をしてくれた。

子どもたち4人と私というメンバーでの読経は始めてのこと。

こんなに大きくなった子どもたちと、若くして亡くなった妹のことを思うと、

何だか涙がにじんでしまった。(この頃やけに涙もろい・・・)

妹が他界して14年。もう、二度と会うことはないけれど、14年たった今でも、

月に一度、こうやって故人に思いを馳せる日があるのは、幸せなことだとおもう。

夫と一緒になっていなければ、こんなこと、きっと思いつきもしなかった。

人との出会いは、不思議なもの。

出会いに感謝して、大切にしたい。

この数日間、筋肉痛になるほど駆け回ったり、

寝る間を惜しんで書き物をしたりしていましたが、

今日は、夏休み最後の締めということで、「早起きの会」夏休みバージョン。

昨日からの泊りの4年生4人とともに、登山に行った。

夕方から参加の子、夕飯後から参加の子、夜の8時には全員集合。

楽しい楽しい長風呂の後、モノポリーを経てやっと布団へ。

友達同士で、一緒に眠るってだけで、みんな舞い上がっていて、

それぞれ所属している、スポ少の話をしたり、

ひそひそと女子の話をしたり、

残っている宿題自慢をしたり、

それはそれは楽しそうな夜を送っていた。

最後は、しっかり者のSくんの「おいっ!もう7時間しか寝れねーぞ!」の一声で撃沈。

数年前と比べると、みんな変化してきてるな~と感じます。

10歳くらいになると、子どもは、劇的に変わるらしいので、

それぞれの子が、どんな風に成長していくのか、とても楽しみです。

それにしても、今日は、照りつける日差しもなく、登山日和。

各自握ったおにぎりと水筒を持って、競うように駆け登り、

付き添いの夫のほうが、ヘロヘロ状態。

帰るとすぐに、暴睡でした。

少4チームはウチに着くと、朝ごはんの残りを食べ干し、

ボールを持ってすぐ公園へ。

のどを涸らして帰ってからも、人生ゲームに熱中しておりました。

子どもは、ほんとスゴイ!です。

まあ、疲れのせいで、いつもより、もめごとも多かったような気がしますが、

今日も、泊まるという子たちを、

無理やり送り出し、ホッとひといき、今日は娘の誕生日。

ハッピーバースデイを歌いました。

忘れたくないつぶやきがあったので、ちょっとメモ。

花火をしている最中に雨が降りだしました。

「もう!ヤになるな~。雨は、人の気持ちを考えてから降れっ!」

花火は怖いといって、隅っこで固まっていた次女のつぶやきでした。

夕方から出かける予定だった山へは行かず、1歳末っ子と居残り組。

急に入った、仕事の処理がはかどらず、家で事務仕事。

あ~あ、こどもたちは、もう寝たかしら・・・会いたいな~。

何だか切ないけれど、子どもにこんなに会いたくなるなんて

残業続きの父ちゃんの気持ちが想像できるなんてホントについてる!

朝寝坊して、居心地の悪さを感じながらも据え膳で朝食をいただいたり、

夜中に、酔っ払って帰宅して、介抱されたり・・・

どんなことでも、たまにはいいものだ。

最近のハヤリは絵本『ぶたぶたくんのおかいもの』

主人公のぶたぶたくんが、おかあさんに頼まれて、おつかいに行くという

ありがちなお話かと思いきや、これが大変!

次々に登場する奇妙な人たち、そして顔つきパンなんていう怖いモノまで・・・

こんな奇妙な絵本には、なかなか出会えない。

大人になってからこの本に出会い、思わず購入。

誰かとこの思いを共有したいと、たまに読み聞かせてみたりしていたのだが、

そのときは反応なしだったのに今回、誰が手に取ったのか、

やっと日の目を見ることができた。

お風呂上りには、

「ぶたぶた、かあこお、ぶたぶた、・・・どたじた、どたあん、ばたん・・・」と唱えながら、

それぞれ、首に(ぶたぶたくんや、かあこちゃんが首につけていたリボンのつもりの)

タオルを巻き、そぞろ歩きしていた(笑)。



普段の子どもとの暮らしのなかでは、お目にかかることの少ない

例えば韻を踏んだ美しいことばとの出会い、美しい絵との出会いは、

子どもの語彙や感性を豊かにする。

そして、絵本やファンタジーの世界と交わることは、

ココロを豊かにしてくれるんじゃないかと、欲張る母。



でもここで、少し考える。

何かのためではなく、そこにあることをただ楽しむ、

それが子ども本来の姿ではないかと。

この数日間、何もかも忘れて、

食べて飲んで、遊んで寝る。

食べて飲んで、遊んで寝る、

という暮らしを満喫した。



こどもたちは、遊んで食べて、遊んで寝る。

時々炭起こしをしたり、小さいこの面倒を見たりしながら

川遊びに行ったり、虫捕りをしたり、花火をしたり、

夜は、大人と一緒にウノやトランプ。

半分涙を流しながら、それでも眠気をこらえて大笑いした。



大人たちは、できる人ができることをしながら、ごろごろ~フラフラ~、

食事の用意をしたり、洗濯したり掃除をしたり、

勝手気ままに、子どもとの暮らしを楽しんだ。

川辺での水遊び、ハンモックに揺られての昼寝、温泉につかって、夜中まで語り合った。



板取川上流(岐阜県)のコテージを借りて、

遊んだ飲んだ、笑った、ちょっと泣いた数日間。

何もかも忘れて、遊んだ。



専業主夫歴15年の義兄は、こだわりの人。

食材を調達し、こどもたちが釣った虹鱒を丹念に焼き上げる。



将来住職のもと役者&アロマセラピストである義兄は、釣りにはうるさい。

大雑把に見えて実は、細かい彼は、ケガの手当てが当たり役。



尺八師範の義姉(といっても私よりずいぶん若い義兄妻)は、


音大出身で、今はアカペラに夢中。

我が家の娘達は、彼女が大好き。

四六時中まとわりついていた。

アカペラやボイパの仲間たちと毎週のように楽しんでいるらしい義兄夫妻は、

暮らしを楽しむ術を知っている。



アフリカ、アジアを中心に海外赴任をしながら一家を支える大黒柱である義姉は、

私の尊敬してやまない人物の一人。

こんなメンバーと一緒に、飲み語るのはホントに楽しい。



明日は、もうひとつのお寺のお施食会、夫は早朝から出かける。

下ふたりは保育園。

上ふたりは、夏休みの課題に取り組むはず・・・

と母である私は、予定している。



って、明日の施食会と片づけが済んだら、明後日からまた、

友人ファミリーとキャンプです。

美山(これも岐阜)に、行く予定。

我が家はこの数日間で、1年分遊ぶのです。

遊んで遊んで遊んで、そして普段の生活に戻る、というハレとケ。

心も身体も、普段の暮らしも、ただ流されていくのではなく、

節制しながら自分自身で調節する人生を送りたい。

そうしないと流されてしまう自分がいるからね。

メリハリをつけて暮らしていきたい。



それにしても、こうやって、見守ってくれるたくさんの人たちに囲まれて育つ子どもたちは、

本当に幸せ。

そんな子どもたちに囲まれて、暮らす私たち夫婦はもっと幸せ。

お盆は、年中行事の中でもお正月についで重要なもの。

盆の入りの朝には、祖先を供養する精霊棚をつくり、夕方には迎え火を焚く。

マコモを敷いた精霊棚には、お位牌や香炉、

キキョウなどの盆花、季節の野菜や果物、精進料理やお団子というお供えのほかに、

きゅうりやナスに割り箸で4本の足をつけ、馬や牛に見立てたものを飾る。

これが、とてもいい。

祖先の霊が、馬に乗ってやってきて、牛に荷物を積んで帰っていく

という言い伝えから来たものだそうな。



寺には、夕方になると、お墓参りの家族連れが次々といらっしゃる。

この辺では13日に、お墓にスイカをお供えする習慣がある。

スイカをお供えし、お墓の前で迎え火を焚いて、その火を提灯で自宅まで持ち帰る。

軒先に提灯をつるし、ご先祖様や身近な故人の霊をお迎えする。

今では、簡略化されて、自宅で迎え火を焚くだけ、提灯をつるすだけ、何にもしない、

中には、お墓参りにも行かないという方もいらっしゃる。



久しぶりに顔を合わせたもの同士、何やかんやと語らいながら、

提灯片手に家路に着く、という景色は、ホントに風流でいいものです。

こんな景色をこれからも長く、伝えていきたいと思うのです。

我が家では、恒例の兄妹ゲンカ。

夏休み中は、その数も普段の3倍。

大抵小さいほうがやられて、

意が通らない悔しさを抱えて、母の元へやってくる。

(こんなときの顔は、たまらなく可愛い!)

抱っこしながら、そのこの悔しさを吸収するスポンジになってあげる。

「そうか、そうか」と悔しい悲しい気持ちだけを、感じてあげる。

だって大人には、その子が思っている(ケンカ取り合いの原因の)

牛乳パックや空き箱の大切さなんて、解らないもの。

子どものケンカなんて、仲裁してどうこうなるようなものじゃなし、

腑に落ちないままに、「ゴメンネ」させるよりも、

悔しさは悔しさとして抱えて、また果敢に戦いにい挑む!

って、そのころには、ケンカの種もどこへやらで、ケラケラ笑ってることも多い。





そうは言っても、きょうだいゲンカは、こちらの余裕の無い時には、

結構なストレスになるのも確か。

「兄弟はいつも仲良く、力を合わせて」という幻想がそうさせてるのか・・・

この”いつも”というのが、間違いのもと。

昨日の日記にも書いたけど、いつも仲良くなんていうのは、ありえない。

というか、それができることこそ大変なこと。

だから、自分自身に、今どき、きょうだいゲンカができるなんて、幸せよね~

と言い聞かせる。

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